7月9 日 年齢が記号に変わるとき

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最近、歳をたずねられて即時に答えられなくなることが多くなった。
言いたくないわけではない。ただ、本当に忘れてしまうことがあるのだ。
26歳だったかしら、あれ今年で27になったんだったかしら、と。

それほど年齢がただの記号になってしまう歳になったということなのだろうけれど、その記号を改めて口にするたびに、”もう良い年ごろ” なのだと静かに思う。

母は、27歳のときに私を産んだ。今の私と同じ歳なのかと思うとびっくりする。

自分が人を育てることなんて今の私には想像もできず、その未来が訪れると思うと、だいぶ窮屈な、自由が奪われてしまうような気がして怖くなる。

ただ一つだけ、今になってわかることは、人は子どもをもって初めて親になるのということだ。

当たり前なのだけれど、子どもの頃の私にはわからなかった。母は私が生まれたときは既に母だったし、父も最初から父の顔をしていた。

それは、世の母と父にとっては相当のプレッシャーではないかと思う。昨日まで母じゃなかったのに、生まれた瞬間から、母だと思われて我が子に見つめられるのだから。

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ここ1年、私の部下とよべるような社員に囲まれて仕事をすることが増えた。
ついこの間まで周りに助けられてばかりで、一番下っ端だった私が、いきなり誰かにとっての上司になった。

その人にとっては最初から上司だから、私は上司でなくてはいけない。

正しい判断、適切なアドバイス、見習える上司でいなくてはいけない。
けれど自分のダメさ加減は自分が一番良く知っているから(たぶん周りにもバレてるけれど・・・!)一日の終わりにその日を振り返って、自分を殴りにいきたくなったりする瞬間がたくさんある。

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母も父も初めから母や父として生まれたわけではない。

そのことにもっと早く気づけたらよかったと思う。

何か正しいのかなんてわからないけれど、誰かに期待した目を向けられて”正しい人”であらなければいけないこと、そのプレッシャーははかりしれない。

珈琲ですませていた朝食をしっかりとるようにしたこと、タバコをやめたこと、お金の使い方…、わからないけれど、きっとたくさん。親として生きようとしてくれたんだと思う。

今は、自分の人生を楽しく生きてほしい。

だぶんそうしているはずだけれど。

誕生日、おめでとう。

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梅野 なぎさ

梅野 なぎさ

’91生まれ。2017年よりインドネシアで働いています。 【Mail】bonin.makani@gmail.com