迷い込んだ競馬喫茶で

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13時頃の大阪は太陽がちょうど真上にあって、強い日差しは頭をジリジリ照らしてきて、とても暑かった。その日は久しぶりに都会の街を歩き回ったせいか特別疲れていたし、喉はカラカラで、一刻も早く身体に飲み物を流し込みたかった。

どこか飲み物が飲めるところに入ろう、と思い経って急ぎ足でウロウロしていると、幸いなことに30秒くらい歩いた先にカフェがあった。カフェというよりかは喫茶店のようなお店。屋根には波型の布がかけられていて、入口も自動ドアではなく押し戸だった。

メニューも出ていないし、ものすごく高かったらどうしよう、と一瞬迷った。こういう類いのお店は、ときたまびっくりするような値段のコーヒーが出てくる気がする。けれど、これを逃したらしばらくカフェにも出会えないかもしれない。勢いよくドアを開けるとタバコの匂いがぷーんと香ってきて、店内をさっと見渡すと50代くらいの新聞を広げた男性たちばかりだった。

気のせいかもしれないけれど、カウンターから出てきた店員の視線が私の頭からつま先までなぞったような気がする。促されるままに席に着いて、渡されたメニューを広げると飲み物は全て良心的な値段で、あぁ良かった、と少しほっとした。

「さぁ、始まりました!先頭は○○番○○で~つづいて○○番○○!」というたたみかけるようなアナウンスが聞こえて、正面を見る。大きなテレビ画面に映っていたのは競馬の実況中継だった。最初はたまたま競馬が映っているのかな、と思ったけれど、横目で隣の席を見ても、その隣の隣の席を見ても、みんな競馬新聞を読んでいる。

一瞬で、あぁ、ここは”そういう”喫茶店なのだと理解した。もう一度店内をゆっくり見ると、壁には馬のポスターが貼ってあったし、普通はケーキが入っているようなガラスのショーケースには馬のぬいぐるみがたくさん並んでいた。

急に自分がよそ者のような気がして、ソワソワしてくる。けれど、何となく私もそれらしいフリをしていたらそれらしくおさまって、この空間でも落ち着けるかもしれない。とりあえず競馬中継を一生懸命見てみることにした。

馬も他の馬には負けたくないと思ったりするのかしら、とか、きっとこのスピードの馬から落下したら痛いんだろうな、とか思うばがりで、きっと本来の楽しみ方はできていないのだろうけど、他のおじさん達と同じ画面を見つめていると思うと何だかほっとした。

ぼーっとテレビを見ていると、数分で注文したアイスコーヒーが出てきた。大きなジョッキにたっぷりの氷とコーヒーが入っている。嬉しくなってゴクゴク飲み出すと、びっくりするくらいおいしいコーヒーで、思わずカウンターの店員さんに目がうつる。目が合って、ニコっと微笑まれる・・・・と素敵だったのだけれど、そう上手くはいかなくて、30代くらいの無精ひげを生やした店員さんは下を向いて何か作っていた。

けれど、そのコーヒーは今まで飲んだどんなアイスコーヒーよりおいしかった。私がものすごく喉が乾いていたことをさっぴいても、やっぱりものすごくおいしかった。

カラカラだった喉は潤ったし、火照っていた体は涼しくなって、体のすみずみまで満足感でいっぱいになった。私に似つかわないこの場所にいることも、たまの休日に競馬にいそしむおじさん達も、タバコ臭い店内も、全部ステキなことな気がしてきた。

私はここに来るまで「競馬喫茶」というものがあることすら知らなかったし、こんなにおいしいコーヒーに巡り合うこともなかった。

まだ出会えていないだけで、世の中にはいろいろな世界があって、想像もできない人達がいて、たくさんのおいしいものに溢れているのだと思う。

私はまだ25年しか生きていないし、今まで出会ってきたものよりずっと多くのものたちに、これから会えるのだ。

そう思ったら、すっかり満足した気分になって、外に出たくなった。

お会計をすませて勢いよくドアを開ける。やっぱり梅田の通りは暑かったけれど、うんざりしていた景色はずっと美しく見えた。

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梅野 なぎさ

梅野 なぎさ

’91生まれ。2017年よりインドネシアで働いています。 【Mail】bonin.makani@gmail.com