衣替えの季節に

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衣替えは6月1日と10月1日にするものだということを、ついこの間教えてもらった。

 

中国から伝わり平安時代から始まった習慣だそうで、もともと貴族の社会だけで行われていたものが徐々に一般の家庭でも行われるようになったらしい。

 

夏にも冬にもなりきれていない6月と10月に一斉に服を変えるのはなぜなのだろうと思ったのだけれど、季節を先取りして服を着るのが粋だとされていたからそうだ。

 

桜が咲き乱れる季節に桜柄の着物を着るのは野暮ということ。

 

季節を先取りするのは良いけれど季節を引きずるのは野暮だなんて、凛とした感性だと思う。

 

たぶん今の私には衣替えが必要なんだわ、とこの話を知ったとき思った。

 

先月4年半勤めた会社を退職し、帰国してからは私の思考は過去や未来を行ったり来たりして、なかなかいまここに着地してくれない日々が続いていた。

 

きちんと別れを惜しんだり再会を約束したりするのは、未来のためにも必要な儀式かもしれない。

 

 

退職までの日々はあまりにも慌ただしく、退職するという実感を得る余裕もなく職場をはなれた。

 

だから私は代わりに衣替えをして、自分を供養することにした。

 

今まで着ていた服を丁寧にたたんで、タンスに一枚ずつしまう。

 

これから着る服のシワを伸ばしてハンガーにかける。

その動作ひとつひとつが愛おしく思えて、たぶん私は、幸せだったのだと思った。

 

衣替えの儀式はお昼頃から始めて、終わる頃には日が傾いていた。

 

窓から見えた秋の空は、どこまでも高くて途方もない。

 

今なら本当にどこへでも行けてしまうなと思いながら、それでもここにいることを幸福に思った。

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