思い出した記憶と、受けわたすいつか

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昨日は会社全体の研修だった。私はインドネシアから、Skypeで参加した。

画面越しには、懐かしい顔がたくさんあって。

半年ほど日本に帰ってないから、知らない人の顔もたくさんあって。

私の知らないところで、時間はしっかり流れてるんだなぁと思った。


その中に、日本で働いていたときのたった1人の上司の顔もあったのだけれど、40歳になった今も変わらず少年のように笑う顔を見て、嬉しくなった。

この先輩が新人時代の私にくれた言葉の中で、今でも忘れられない言葉が2つある。

1つは「会社の中では色々な噂が流れる。人についても、組織のことついても。でも、自分で見たこと、自分で直接本人から聞いたことだけを信じるんだよ。他人から聞いた人についての噂に惑わされちゃいけない」

当時はするっと聞き流していたけれど、今となってはヘルシーに日々を過ごすためにはとっても大事な教訓だと思っていて。


会社に限らず、何らかのコミュニティの中では、事実かどうかわからないようなことについて、人から人へ色んな噂が飛び交う。

でも、大抵の人は事実より大げさに話したり、ネタになるよう面白く話したり、自分がそう思いたいことを事実として話したりすると思う。

それをいちいち真に受けて、誰かを疑ったり、一喜一憂するのは、とてもバカらしい。


人は、景色の全部を眺めるのではなく、自分が見たいと思うものだけ見たりするし、信じたいものだけ信じたりする。

ほとんどの噂は話半分か、話し手の願いが語られているのだ。

逆に、知らずのうちに自分が加害者になってしまうこともある。調子にのって大げさに言いすぎたな、とか、盛り上げようとネタ的に話してしまったな、とか後から気づいて、そのときの自分を思い出しては張り倒したくなる夜も、結構ある。

2つ目に忘れられない言葉は、「何かあったら、全部の責任は俺がとるし、どこにでも土下座でも何でもしにいってあげるから、君がやりたいことは全部やっていいよ」

失敗することが怖くて身動きできなくなっていた私には、神様からの救いの言葉のようで、あのときの目の前にいた上司は通常時10倍増し程度にはかっこよく見えた。


あれから3年たった。

今は、失敗したら代わりに土下座してくれるような人もいないし、救いの言葉をかけてくれるような人もいない。

でも、あのときよりは、少し私も強くなったから、その分他の誰かを救ったり、言葉で背中を押してあげられるような自分に、ちょっとずつなっていきたいと思う。

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梅野 なぎさ

梅野 なぎさ

’91生まれの25歳。だいたいの方がそうであるような気がしますが、旅と音楽と食べ物が好きです。【Mail】bonin.makani@gmail.com