テクノロジーとドライバーとポリティクス

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その日、いつもは乗り合いバスで15分ほどでたどり着く家路を、わたしはとぼとぼ歩いていた。まいったな、と思った。おそらく家に着くまで、40分はかかるんじゃないだろうか。

前にも向かい側にも、やっぱりとぼとぼ歩いている人たちがいる。

道の鋪装が整っていないこの国で、道を歩いている人を見かけることは少ない。歩けば数分で着く場所にさえ、アンコットとよばれる乗り合いバスや、スマホでよべるバイクタクシーに乗っていくのだ。

けれどその日は、どうしようもなく、みんな歩いていた。

人々の嘆きと、一種の一体感と高揚を孕んだ、不思議な夜道の光景だった。

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配車アプリ「Grab」にソフトバンクが7.5億ドルを投資したのは2016 年のことだ。東南アジア6カ国で1日150万ほどの配車を行っているというGrab。

インドネシアも例外ではなく、歩道にはスマホを片手に車やバイク待ちをしている市民がたくさんいる。

Grabだけではない。Gojek、Uberと、外資・内資と問わず配車アプリのマーケットはここ数年で拡大を続け、業界の客とり合戦は白熱している。

同じようなクォリティーの同じようなサービスが拮抗しはじめると、値段の勝負がはじまる。

4.5キロ、15分程度の道のりで、Rp5,000(約50 円)。2日前に乗ったオンラインタクシーの領収書には、そう書かれていた。

同じ区間のアンコット(乗り合いバス)の料金がRp3,000(約30円)。あなたなら、どちらを選ぶたろう。

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アンコット(乗り合いバス)のデモ隊が、オンラインタクシーの窓ガラスを割り、乗客がケガをした、という知らせを聞いたのは、オンラインで注文したピザを片手に仕事をしていた昼頃のことだった。

まもなくして、アンコットとメータータクシーが配車アプリに対してデモをおこし全区間休んでいるから、予定していたアポイントに間に合いそうもない、という連絡がきた。

知り合いが送ってくれたデモの動画を見ると、1つの車に何人ものデモ隊がおそいかかり、それに対して他のオンラインタクシーのドライバーが応戦する、という構図だった。

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「こういうデモをして、何かが変わることってあるのかな?」

隣にいたインドネシア人スタッフに、小さくたずねた。

「いや、変わらないでしょう。なにかを傷つけたりするのは、本当にやめてほしい。バカバカしいです。でも、彼らのプライドもあります。」

たぶん、変わらない。わたしもそう思う。

スマホを誰もがもてる時代になったし、テクノロジーはとめられないし、この国が成長すればするほど、いろいろな場所でやるせない歪みも生まれのだと思う。

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デモがあった翌日、わたしはまたいつも通りアンコットに乗った。乗客はわたし一人だった。

「昨日は僕たちデモしてたから、あなたも大変だったでしょ。あなたは外国人だから、びっくりしたでししょ。」

と、ドライバーが面白そうに話しかける。

「うん、そうね。ちょっと大変だった。わたしこの道を歩いて帰ったの。」

ははは、とドライバーは屈託なく笑う。

アンコットの車内には、ボブマリーの「One Love」が流れていて、奇妙な平和さに、わたしも何だか笑ってしまった。

「がっらー!」

目的地についてアンコットをおりるときに、ドライバーはわたしにそう言ったけれど、どんな意味だかわからなくて、ただ笑顔で手をふりかえした。

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「キャピタリズムはアナキズムだ」

社会主義者の人々はよくそう言う。

政府が経済を動かすのではなく、企業の競争によって経済がまわっていくのだとしたら、消費者に選ばれたものだけ残っていき、選ばれないものは淘汰されていく。

たしかに、この数ヶ月間インドネシアのアナーキーな側面を幾度と垣間みてきた。

しかし、宗教は反キャピタリズム的な思想だ。「自分の利益を追求しよう!」とか「勝つことが人間の全て!」とか唱える宗教はまずないし、基本的にはどの宗教も「富めるものは貧しい人には分け与える」とか「幸せはみんなで共有する」という思想が根底にある。

イスラム教徒が8割を超えるこの国で経済発展が続いたとき、すでに浮き彫りになっている随所の歪みと、市民はどのように向き合って生活していくのだろう。

まぁ、それでも急に何かがおこるわけでもなく、環境は徐々に変化していくのだから、おのずと人々も、さまざまな問題と折り合いをつけながら、適応していくのだろう。今までだって、きっとそうやって時代は移り変わってきたのだ。

そんなことを考えながら、宗教にも政治にも大した学がないわたしは、いつも通りアンコットが走る道をぼんやり眺めた。

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おそらくなのだけれど、あのときドライバーが言っていた「がっらー」は「Good Luck」だったのではないかしら。

そうだったとすれば、手をふるのではなくて、わたしも言えばよかった。

「あなたも、がっらー」

 

 

 

 

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梅野 なぎさ

梅野 なぎさ

’91生まれの25歳。だいたいの方がそうであるような気がしますが、旅と音楽と食べ物が好きです。【Mail】bonin.makani@gmail.com