インドネシア、ここは血の国惑わせないで

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noteからの転載記事です▼

一筋縄ではいかない国だとは思っていた。
それぞれの民族が交わる中で、そこにある種のけん制や踏み入れられない領域があることは、外国人の私から見ても明らかだった。

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その日、私の勤める語学学校では新しいクラスが始まった。生徒と初めて会う講師が、困ったように笑いながら「全部、中国人の、オトコ。」と私に目くばせした。

返すべき言葉が見つからず、講師を見つめた。彼は笑っていた。

生徒たちは「中国系の」「インドネシア人」である。

インターン中の日本人大学生が「中国人??」とキョトンとしている。

「そそ、なんていうの。ハーフ。」

講師が答える。

いやいや、ハーフじゃないだろ・・・と呆れる気持ちを噛み潰しつつ、インドネシア人でなければ中国人でもない私が、これ以上踏み込むのは領空侵犯な気がして、そっと視線を外した。

ハーフじゃない。彼らは曾おじいさんだか曾々おじいさんだかが「中華系」の「インドネシア人」だ。

一方で、中華系の生徒が、ある日ぽつりといった言葉を思い出していた。

「私たちと”あの子たち”は遊び方が違う。だから、一緒に遊んでも楽しくない」

何が違うのかと聞いても、それらしい答えは出てこなかった。

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自分が「日本人」であるという意識を、私はインドネシアで暮らして初めてもった。

今まで、国家なんて幻想だと思っていたし、自分に流れる血の源泉にも興味がなかったのに。

日本の外で暮らしてはじめて、自分を「日本人」だと思わなければ説明できない感情に多く出会って困惑した。

この国の人たちは1日に5回もお祈りして、1カ月も断食するほど信仰深いのに、なぜ平気な顔で嘘をついたり、ごまかしたりするんだろう、とか。

なんで私が必死に作り出した時間に笑いながら遅れてきたり、デート中にゴミをポイ捨てしたりするんだろう、とか。

そのたびに、こんなことにいちいち腹を立てたり、悲しくなったりするのは「日本人」だからなのだと思って、そっと感情を昇華させてあげていたように思う。

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流れる血と所属する国家が、必ずしも一致するとは限らない。

そして、それは自分の意思とは関係のない場所で決められたりする。

私の故郷、小笠原諸島は欧米やポリネシアから小笠原に流れて「小笠原の人」として住み着き、日本の領有宣言後には「日本人」に帰化した後、太平洋戦争を経てアメリカ占領下には「アメリカ人」となり再び日本に返還されて「日本人」となった人々がいる。

全ては国際政治の駆け引きの末に下された運命であり、そのたびに土地の人である彼らは翻弄された。

あるテレビのインタビュアーが、彼らの子孫に「自分のことを何人だと思いますか?」と聞いたとき、彼は笑って答えた。

「そんなの、どうでもいいよ。あえていうなら小笠原人かな。」

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血を語る人間と、自分という人間を語る人間。

それを決めるのは、他者と自分との間にみる”異質性”の数でもあり、その異質さの由来を血というものに帰結させるのは、それほど難しいことではない。

結局、人の立ち位置を決めるのは、愛のベクトルが自分に向かっているか、それ以外に向かってるかの違いではないのか。

薄曇りのバンドンの空の下、モスクからお祈りの声が聞こえてきた。

目の前の教会からは、ミサを終えた人々が出てくる。

そういえばこの国には神によって隔たれるものもあったのだ、と思い出した。

あぁ、やはり、一筋縄でまとめることができない国である。

<編集後記>
日本からは猛暑だ、台風だ、というニュースが届くなか、ここバンドンは涼しく過ごしやすい日が続いています。

そういえば近頃、急にゆで卵がおいしく感じるようになって、毎食毎食ゆで卵ばかり食べています。

子どもの頃、ゆで卵は1日1個以上食べると体に悪いと教わった気がするのだけれど、この間それほど問題ないことを知りました。

みなさま、熱中症にはお気をつけて。バランス良い食事を。

□ Twitter 、再開しました : https://twitter.com/umnagisa

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梅野 なぎさ

梅野 なぎさ

’91生まれ。2017年よりインドネシアで働いています。 【Mail】bonin.makani@gmail.com