それでも私はリンゴ飴が買えない

rigo-ame

境内に続く参道は先が見えないほどの人で埋め尽くされていて、元旦の神社とはこういうものなのか、と、息をついた。

大晦日のカウントダウンは若者の姿がほとんどだったけれど、元旦の日の高い時間は、孫を連れたおばあちゃんや、小さい子どもたちもいて、その風景にはハッピーニューイヤーよりお正月という言葉が似合う。

IMG_4430.JPG

なぜ私は新年早々こんな人混みに来てしまったのかと少し後悔しながら、いやいや、これでいいのよと自分をなだめる。

ふだんはできるだけ人混みを避けて生きたいけれど、今年の始まりはちゃんとしたかった。昨日は美容室に行って髪を切ったし、眼科に定期健診に行って、そのあとは歯医者で虫歯の治療を終わらせた。よくやるな、と自分でも思う。けれど年の最後と最初に自分を整えるのは、とても人間らしい気分がした。

***

参道を進むと、色々な食べもが混ざった風が吹いてくる。人に揉まれながら目線を上げると、その先に屋台が連なっていた。買う気はなくても、屋台を見るとわくわくする。一度に色々な食べものが見られて、しかもその食べものが作られる工程を眺められることが、たぶん私は好きなんだと思う。

IMG_4432.JPG

屋台の種類も私が子どもの頃とは変わっていて、名前がわからない不思議な食べものも多かった。けれど、りんご飴の存在感の大きさは変わらない。

IMG_4438.JPG

いつもは切り分けて出されるりんごが丸ごと刺さっていて、ぱっきり赤くて、ツヤツヤしているこの食べものが気になって、子どもの頃食べてみたくてしかたなかった。

でも物を買ってほしい、とねだるような子どもではなかったから、きっとじーーっと見つめていたんだと思う。そんな私を見て母は「おいしくないよ。体に悪いし、ふつうのりんごの方がおいしいよ。」と小さく言った。

それ以来、りんご飴が売られていると、何だか気になるけどあまり見ないようにして、食べている人がいると、どんなものなのかしら、なんでおいしくないのに食べてるのかしら、と不思議に思っていた。

***

大人になった今でも、変わらずりんご飴は不思議な魅力を放っていて、買おうかな、と迷う。けれどやっぱりそれは悪いことのような気がして、取り出しかけた財布をしまった。

テレビを見ながらご飯を食べることや、ポケットに手を入れて歩くこととが、今でも悪いことをしている気がしてソワソワするのは、きっと自分の内側にいる誰かに、”それでいいの?”と尋ねられてるからだと思う。

けれど、いま、私は何でもできる。どんなに堕落した生活を送っても、止めに入れる人はいないし、お金も好きに使えて、食べたいものが食べられて、行きたいところに行ける。

それはとても素敵なことだし、大人ってなんて楽しいんだろうと思うけれど、毎日の一つ一つの選択が私をつくっていくと思うと、ぞっと恐ろしくなったりもする。

***

「パパは神様に何をお願いするの~?」

4歳くらいの男の子が、抱きかかえられながら父親をのぞきこむ。

「お願いごとはね、みんなには言わないもんなんだよ。」

大人の友達に言うように、まっすぐ父親は返す。

それを聞いた子どもの顔が面白くて、私は少しニヤけてしまったけれど、きっとあのお父さんは誠実な人だと思う。てきとうなお願いごとを作って、どうとでも言うことはできるのに。

IMG_4428.JPG

口にするまでもない小さな願いは、きっとここにいるみんなが静かにもっているんじゃないかしら。

そう思ったら、どこまで続くかわからないこの人混みが、少しだけ愛しく感じられた。

IMG_4393.JPG

The following two tabs change content below.
梅野 なぎさ

梅野 なぎさ

’91生まれ。2017年よりインドネシアで働いています。 【Mail】bonin.makani@gmail.com